NSGグループ
「学校教育、医療、福祉・介護、スポーツ事業、生活サービスなど幅広い分野で事業展開を行っているNSGグループ。構成する法人は101社。教育事業で創業したときから、掲げるテーマは変わることなく「地方創生と地域活性化」だ。あらゆるジャンルへと事業が広がっていった背景には、どのような狙いや思いがあったのか。代表の池田祥護さんに話を伺った。

NSGグループ 古町本部 新潟総合学院として最初の校舎だった建物が利用されている
新潟が総合的に発展していくための貢献を目指して

古町愛宕神社 口之神社

古町神明宮 船江大神宮 合祀(延喜式内社)
創業から3年後の昭和54年、専門学校法が制定され、新潟ビジネス専門学校を開校。そこから次々と多彩な専門学校が誕生する。マンガ、美容、音楽などジャンルは多岐にわたるが、そこには地域の若者が夢をかなえていくための環境を整えたいという思いがあった。令和8年度に新たに開校する国際アクアリウム・海洋生物大学校をはじめ、ここでしか学べない学科もあり、県外からの進学者も数多く新潟に呼び込んでいる。
次に出てきた地域課題が、学んだことを活かせる場所が新潟になければ、若者は県外に流出してしまう、ということ。そこで、魅力的な働く場づくりに取り組みはじめた。グループ外に対しても起業塾の開講や、起業支援も行っている。糀を使ったドリンクが人気の古町糀製造所や、スマート農業を進めるベジ・アビオなど、若手経営者が活躍する会社の誕生につながっている。
「べジ・アビオは、田んぼに直接種もみを播いて、少ない水で育てる“節水型乾田直播”という農法での米づくりに挑戦しています。とても美味しいお米ができたそうで、これも事業責任者がぜひ挑戦したいということで取り組んでいるものです。強い気持ちを持ったリーダーがいると、やはり新しい成功を生んでいくことができると感じます」。

ベジ・アビオが手掛ける「節水型乾田直播水稲栽培」は省力化と効率化、さらに環境負荷削減を同時に実現

文字通り乾田に種もみを播く

若手が志をもってチャレンジした店舗のひとつだという古町糀製造所。糀ブームの火付け役にもなった
新潟に501社の上場企業クラスの企業が生まれることを目標に
社会に出て活躍するための専門分野の知識や技術を実践的に学べるのが専門学校の魅力だが、専門職大学は、大学の探究力を合わせ持つ。開志専門職大学では在学中に600時間のインターンシップが必須だ。「各企業でノウハウを学ぶことに加えて、現場の課題解決策を考えています。学生たちの成長ぶりはすごいですよ」。
令和8年4月には、社会人向けのビジネススクールの事業創造大学院大学を開志創造大学に名称変更し、スクーリングの必要がない完全オンライン通信制の情報デザイン学部を創設する。専門学校とダブルスクールで学ぶことも可能で、社会人の学び直しの場としても注目される。

日本初の総合専門職大学となった開志専門職大学(紫竹山キャンパス)
NSGグループの取り組みで意外と知られていないかもしれない、と池田代表が話すのが老舗再生事業だ。酒蔵の今代司酒造、味噌蔵の峰村醸造、海鮮加工品の小川屋、そしてホテルイタリア軒なども事業承継を行っている。「若く意欲的な社長が経営にあたり、黒字に転換していけています。ホテルイタリア軒などは効率だけで考えたらビジネスホテルに建て替える選択肢もあったでしょうが、やはり新潟の宝として残したい。そんな思いで事業を進めています」。

ホテルイタリア軒をはじめ今代司酒造、峰村醸造、小川屋など、事業承継によって「新潟の宝」である歴史や文化を後世につないでいる
また、スポーツ不毛の地と言われた新潟で、サッカーのアルビレックス新潟をはじめ、野球、バスケットボールとプロクラブの創設を支援するなど、エンタテイメントという面でも地域に楽しみを届けているNSGグループ。今後について池田代表はこう語る。「目標の数字として501社の上場企業クラスの企業を作るというのがあるんです。日本を代表する500社の会社設立に関わった渋沢栄一さんを超えようという数字です。それが叶えば地域は活性化すると思いますし、より多くの志ある人がチャンスを得て活躍できるような新潟を目指して、貢献できるように進んでいきたいと思っています」。

地域に根付いたプロスポーツチームは、新たな新潟の魅力に
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NSGグループの創設は昭和51年。新潟市にある古町愛宕神社の一角に、学習塾・カルチャースクール・語学スクール・資格取得講座を持つ新潟総合学院を開校したのが始まりだ。代々古町神明宮と古町愛宕神社を預かり守ってきた池田家だが、時代と共に環境は変化。2代目である池田祥護代表は「当時、街の活気が徐々に失われていったり、氏子さんも減っていったりするなかで、創業者である父(現・会長の池田弘さん)は、このままで神社だけで生計を立てていけるのか。この神社を守れるのか。という思いを抱いていたそうです。そうして、神社を守ると共に、未来を担う人材を育てて地域を盛り上げ、新潟を総合的に発展し続けていく都市にする事業を起こそうという考えに至ったというのが創業の経緯です。まだ、地域活性化や地方創生という言葉が生まれる前から取り組み始め、拡大してきた形ですね」。
代表
池田 祥護さん